紅葉の涸沢と前穂高岳北尾根
「涸沢の紅葉を見ずして穂高を語ることなかれ」
涸沢ヒュッテの名言でもあるこの言葉。
以前より山岳会の先輩が「どうしても涸沢の紅葉を見せてあげたい」と私に言っていた。
ちょうど1年前の10月の連休、日本一の紅葉を見に涸沢へ行ってきた。
私にとって初の岩稜バリエーションである前穂高岳北尾根へ登ることとなった。
日 時 2017年10月6日(金)〜10月9日(月)
山 域 北アルプス 前穂高岳(3,090.5m)・奥穂高岳(3,190m)
目 的 涸沢の紅葉を楽しむ・名クラッシックルート北尾根を登る
コース 10月6日(金)5:00上高地ー涸沢(時間不明)
10月7日(土)停滞
10月8日(日)4:15涸沢ー5:40Ⅴ・Ⅵのコル6:00ー6:40Ⅴ峰ー7:40Ⅳ峰ー7:50Ⅲ・Ⅳのコル8:50ー11:50Ⅲ峰ー12:20Ⅱ峰ー13:00前穂高岳13:15ー15:30奥穂高岳ー16:20穂高岳山荘ー17:50涸沢
10月9日(月)涸沢ー上高地(時間不明)
標高差 921m
累積標高 (上り)1257m・(下り)1258m
天 気 晴れ
人 数 4人
国土地理院地図(YAMAPログ)
10月6日(金)上高地から涸沢
朝5時開門と同時に釜トンネルを通過。夜明け前の上高地を進んで行く。
私にとって4度目の上高地。今回めでたく春夏秋冬オールシーズンクリアした。
徳澤辺りから紅葉が見え始めた。
涸沢へ続く登山道はまさに紅葉のトンネル。
黄色く染まったダケカンバや真っ赤なナナカマドの下を歩いて行く。
日本一というのも頷ける。
目が肥えて、普通の紅葉では満足できなくなるのも困りものだと思った。
今回登る前穂高岳の北尾根が見える。
いよいよ涸沢に到着。
混雑を覚悟していた涸沢カールは平日のせいかガラ空きだった。
10月7日(土)停滞
翌日は残念なことに雨。本来は北穂の東稜を登るはずだったが、停滞。
ヒュッテの裏で懸垂下降の練習。
北尾根の登山口の下見、あとは食べて飲んで寝た。
10月8日(日)前穂高岳北尾根
いよいよ北尾根へ。日の出前より出発。
涸沢から「5・6のコル」へと向かう。
ペンキ印は一切なし。暗くて分かりづらい。
まだ暗いうちから歩くため、注意しておかないとルートを見失う。
上を見上げて、ぼんやりと見える5峰、6峰のシルエットを確認しながら歩いていく。
私たちの前に先行パーティーは2組、後方には2組、間隔は大きく開いている。
時折ヘッドランプがちらついた。
5・6のコル
ちょうど日の出と同じくらいのタイミングで、5・6のコルへ到着した。
コルの向こうに広がっていたのは雲海、そして富士山、八ヶ岳連峰、南アルプスの山々だった。
その真横に顔を出したばかりの太陽が赤く燃える。
振り返れば奥穂高のモルゲンロート。
どこを見ても素晴らしい、非常に贅沢な時間だった。
モルゲンロートの正体
そういえば、ここに来て初めて気づいたことがある。
このモルゲンロートは北尾根があるからこそ、作り出されているものだ。
よく見れば中心に映っている三角形の影は6峰。向かって左のなだらかな影が5峰だ。
北尾根が「穂高のシンボル」と呼ばれる理由がわかった気がする。
5・6のコルにいる私も、目を凝らせば影が映っているかもしれない。
5峰
さて、ここでヘルメットとハーネスを装着。いよいよ北尾根へ。
目前にあるのは「5峰」。
5峰は台形のような形で、遠目からは緑の樹林が目立つ。
例えるなら「大キレット」に浮石が沢山あるようなイメージ。
足元の岩が軽くて脆い。下を行く人に石を落とさないよう細心の注意を払う。
自分自身も常に上方に注意する。
5峰は横に広い。ハイマツの目立つ平たい部分も5峰の一部だ。
奥にそびえているのは、4峰。
4峰
4峰はひときわ目立つ大きなピークだ。
涸沢側(影になっている方)へ巻きつつ登る。
鎖もペンキも無いのでルートファインディングしながら登っていく。
「本当にここを登るのか?」と目を疑う。けど、登るしかないのだ。
掴む岩、足を置く岩、安定しているかどうか、慎重に確かめる。
落石は、絶対に落としてはいけない。
集中力を最大限に発揮する。
3・4のコル
次は核心部の3峰。
先行パーティーがザイルを使用して登攀していた。
私たち4名もザイルを結んで3・4のコルにてしばらく待機。1時間ほど。
前穂高岳東壁
3・4のコル付近では前穂高岳東壁がよく見える。
奥又白池から北壁〜Aフェース〜前穂高岳へと至るルートは、小説「氷壁」の舞台になったルート。
北壁と呼ばれるのは、ちょうど影になっているところだと思う。
そこを登りきった上部、枯れた茶色の斜面から上部がおそらくAフェースだ。
この写真で見える最も高い部分は前穂高岳の山頂だ。
3峰
ついに順番が来た。
先輩がトップ。私はセカンドでビレイを行った。
サードはザイルを伸ばし、ラストはカラビナとスリングの回収を担当する。
先輩が登攀を開始した。
姿が大岩の向こうに見えなくなる。
暫くしてザイルの動きが止まる。
先輩からGOサインが出た。
「次、行きます!」と声を張り上げてスタート。
緊張のワンピッチが始まる。
後ろで見守ってくれていた2人の姿は、すぐに見えなくなった。
下を見ると吸い込まれそうな絶壁。とにかく集中して、確実な一挙一動を意識する。じんわりと手汗が出る。
ようやく先輩のところまで辿り着いた。ヒヤヒヤしたが、達成感は大きかった。
その後2ピッチ、ザイルを使って登る。
有名なチムニー登り。
最初は手がかり足がかりに迷ったが、よく探して無事に登ることができた。
3峰ピーク直下にちょっとした平地があり、座ってみた。
西穂の稜線から、奥穂、槍ヶ岳、大天井、燕。その奥には白馬や鹿島槍。
北アルプスの名だたる山々を見渡すことができた。
正直、今まで観た景色の中で一番感動したかもしれない。
北尾根を歩いた人だけが見ることのできる特別な景色。
出来ることなら、家族にもこの景色を見せたくなった。
2峰
続いて、2峰の登り。
怖いことには怖いが、こんな大展望をバックに登るなんて、なんと贅沢な事だろう。
2峰を登りつめると、いよいよ目前に前穂高岳山頂が見えてきた。
こちらを見ている人影が2つ。先行パーティーの人たちだった。
大きく手を振ると向こうも振り返してくれた。あと少し、元気が湧いてきた。
懸垂下降
2峰のピークから懸垂下降で下る。
残置スリングが大量に残してあった。数本にロープを引っ掛ける。
懸垂下降は正確な技術が求められる。
万が一間違えてしまうと、大事故につながりかねない。
確認を念入りに行い、深呼吸。数メートルの絶壁を下っていく。
前穂高岳山頂
「お疲れ様。」
山岳会の先輩が私に向かって手を差し出してきた。
握手をする。
ついに、前穂高岳の山頂に到着した。
一気に人が増え、無事にバリエーションを突破したと思うと安心する。
早々にハーネスやザイルを片付け。歩いてきた道を振り返る。
「この道を歩いてきたんだ。」そう思うと感慨深い。
山頂から見る景色はまさに絶景。
最高の晴天、まるで北アルプスが頑張ったご褒美をくれているような気がした。
奥穂から西穂の稜線も見える。
ボコボコしていてアップダウンがかなり激しそうだ。
ザイテングラードより涸沢へ下山
その後は吊り尾根から奥穂へ向かって、ザイテンより下山。
テントに到着したのは。午後17時半。合計15時間という長丁場だった。
涸沢に到着すると、緊張が一気に緩んだのか、どっと疲れが出て来た。
自然と口数が少なくなってしまう。
夜ご飯は涸沢小屋のおでんと手作りチャーハンだ。
疲れていても食欲はしっかりあった。
昨日とはまるで違う晴空。
長く、今日の余韻に浸っていた。
10月9日(月)下山
4:30に起床。
最後のモルゲンロートを目に焼き付け、下山する。
ダケカンバとナナカマドの黄と赤のコントラストがとても美しい。
途中、ツアー団体が何組かいて、面白いほどに長蛇の渋滞となった。
登山客とツアー客が入り乱れ、何が何だか分からない。
徳澤園のソフトクリーム
やっとの事で徳澤へ到着して、楽しみのソフトクリームを買いにいく。
今まで見たことのないくらいの行列が発生していたが、それでも、お店の方が非常に手際が良くそこまで待つことなくソフトクリームGET。
列に並んでいると、先輩が興奮したご様子。
徳澤園の上条社長がいらっしゃった。少しお話もして、一緒に写真を撮ってもらった。
バスターミナルからはタクシーで沢渡まで。
バスは結構な行列を作っていた。
4人いるなら、タクシーの方が早いし、安いし、お得。
帰りはパーキングに寄って昼食。
メニュー例。今回はカレーライス800円をいただいた。
今回のまとめ
今回、私にとって初めての岩稜バリエーションルートを登った。
前穂高岳の北尾根、今までそのような尾根があることすら知らなかった。
まさか、こんなに素晴らしいところがあるなんて、驚きだ。
今回その魅力を教えてくれた山岳会の先輩には感謝しかない。
不思議なことに、山へ行けば行くほど、また新たな目標ができてしまう。
今回も眺めた景色や会話の中で新たな「憧れ」が出来上がってしまった。
なんだかキリがないが、私はいつもそれの繰り返しだ。
そんな中にワクワクや楽しさを感じている。
実際に行けるのはきっと当分先のことかもしれないが、いつか絶対に自分の足で行ってどんな景色が広がっているのか確かめに行きたい。